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偉人・敗北からの教訓「シリーズ合戦 厳島の戦い・毛利元就に屈した陶晴賢の大誤算」

偉人・敗北からの教訓「シリーズ合戦 厳島の戦い・毛利元就に屈した陶晴賢の大誤算」
06/06(Sat)21:00~21:55 戦国時代半ば、毛利元就が戦国大名として台頭する契機となった厳島の戦いに敗れた陶晴賢の敗北を紐解く!晴賢が決戦の地を厳島に選び、自刃に追いやられた理由とは?
ジャンル
ドキュメンタリー/教養
放送局
BS11イレブン (211ch)
BS11イレブン

番組詳細

厳島の戦いで毛利元就に屈した陶晴賢の敗北から現代に通じる教訓を探る! 戦国時代半ば、周防を拠点に北九州にまで勢力を拡げていた守護大名・大内義隆の重臣だった晴賢は1551年、31歳の時に謀叛を起こし、主君・義隆を自害に追いやる。安芸の国衆まとめ役で大内家に従属していた元就はその頃まで晴賢と協力関係にあったが、その後、晴賢が大内家の実権を握り、権力の強化を図ると、両者の間に深い溝が生まれてしまう!1554年、晴賢が石見に出兵すると、元就はその隙をついて挙兵、安芸の諸城を落とし、信仰の対象であり、水運の拠点でもある厳島を占拠した。晴賢はこれに激怒!1555年、厳島の戦いが勃発する。晴賢は毛利勢が守る宮尾城の攻略を目指すが、その間に元就は来島村上氏の水軍を調略し、島に進軍。本陣を挟撃された晴賢は必死に逃亡を試みるも島から脱出できず、最期の時を迎えた。 晴賢はなぜ、自刃せざるを得なかったのか?厳島の戦いに勝利した元就はその後、大内家の本拠・周防に矛先を向ける。晴賢が義隆を滅ぼした後、当主に据えた大内義長は1557年、元就に攻められ、長門に逃れるが、追い詰められ、自刃。厳島の戦いから2年、西国きっての大大名・大内家は滅亡した。大内領の大半を手中に収めた元就はわずか一代にして、毛利家を大内家に代わる戦国大名へと躍進させた! 晴賢の敗北から学ぶ教訓は…「固定観念は身を滅ぼす」!歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。

出演者/番組関連人物

属性

ジャンル
ドキュメンタリー/教養  >  歴史・紀行
偉人・敗北からの教訓「シリーズ合戦 厳島の戦い・毛利元就に屈した陶晴賢の大誤算」
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